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名古屋簡易裁判所 昭和31年(ハ)187号 判決 1958年2月28日

原告 中田一雄

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外四名

主文

被告から原告に対する名古屋簡易裁判所昭和二十六年(イ)第五一号木炭代金請求事件和解調書に基く強制執行は許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項掲記の和解調書に基く強制執行を停止する。

前項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として

(一)被告は主文掲記の債務名義により原告財産に対し強制執行を開始し、その動産に対しては昭和三十一年三月二十四日から名古屋地方裁判所執行吏が差押保管中であり、同不動産に対しては、昭和三十一年三月十四日強制競売開始決定がなされた。

(二)  主文掲記の和解調書(以下本件和解調書と称す)には訴外中部日本林産燃料株式会社が被告に対して負担している金七千四百八十四万九千三百八十九円三十九銭の木炭代金債務の内金二百七十一万千三百三十九円及びこれに対する昭和二十五年五月一日から完済に至るまで金百円につき日歩金五銭の割合による遅延損害金を、原告は右会社と連帯して支払う義務のあることを認めた旨の記載がなされている。

(三)会社は農林省木炭事務所から木炭を購入してこれを同会社各支部に対しその支部が保有する登録数に応じて配付し、各支部はこれをその管内の販売業者に対しその販売業者が保有する登録数に応じ割当配給していたものであつて、会社とその支部との関係は会社として一体であるが、対内的には計算上独立して経理し、決済を行つていたものである。

(四)原告は右会社の豊橋支部の支部長に就任していたところ、会社の経営は乱脉を極め、昭和二十五年七、八月頃整理の段階に入つたが、整理の結果、会社は農林省木炭事務所に対し金七千四百八十四万九千三百八十九円三十九銭の債務が存在することが判明した。

(五)右会社豊橋支部は、会社に対し昭和二十四年十一月二十四日金二百七十一万千三百三十九円の木炭代金未払額が存在することとなつたが

(六)一方豊橋支部としては会社に対し各種理由により請求し得る債権があつたので、これが精算が要求し、未だその金額が確定していなかつたものである。

(七)のみならず会社に対する前記(五)の債務は豊橋支部としての債務であつて、原告個人の負担すべきものではなかつた。

(八)従つて右(六)及び(七)の状況の下において原告が本件和解調書の如き和解を被告との間にしたことはなく、本件和解調書の和解は訴外田中政忠が原告の委任若くは同意を受けることなく、無権限に原告の代理人と称して名古屋簡易裁判所において被告と行つたものであつて、無効の和解である。

よつて和解調書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の抗弁事実は認めるが、これが無権代理の追認となるとの主張は否認すると述べ、

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として原告主張事実中(一)乃至(五)の事実は認めるがその余の事実は争う。原告は本件和解成立後昭和二十六年十二月十八日金一万円、同二十八年十一月二十六日金五千円、同二十九年二月九日金千三百三十九円、同年五月十一日金千円合計金一万七千三百三十九円を納入しているから和解を認めているものであると述べ、抗弁として仮に本件和解調書が田中の無権代理行為による和解によつて作成されたとしても(イ)原告が被告に対し右掲記のとおり昭和二十九年五月十一日までに合計金一万七千三百三十九円を納入した事実及び(ロ)原告が被告に対し本件和解調書による債務の支払猶予を依頼した葉書を差出している事実によりこれを追認したものであると述べ、立証<省略>

理由

原告主張事実中(一)乃至(五)の事実については当事者間に争いがない。よつて被告の争つているその余の原告主張事実について按ずるに証人稲川勝次郎の証言によつて成立が認められる甲第一号証、成立に争のない乙第一乃至第三号証、同第五乃至第八号証及び証人田中政忠(第一、二回)(但し後記措信しない部分を除く)、同太田真一(但し後記措信しない部分を除く)同八木代吉、同稲川勝次郎の各証言、原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)並に検証の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることができる。

原告は、訴外中部日本林産燃料株式会社の豊橋支部支部長に就任していたものであるが、会社は業務不振のため、昭和二十五年七、八月頃整理の段階に入り整理の結果、農林省木炭事務所に対し金七千四百八十四万九千三百八十九円三十九銭の木炭代金の未払債務があつた。

一方会社はその各支部との間に独立の経理をし、木炭代金の授受決算をしていたため、豊橋支部に対し金二百七十一万千三百三十九円の木炭売掛残代金債権を有していたので、昭和二十四年十一月二十四日原告は右豊橋支部長名義において右金額の債務を確認し支払の責に任ずる旨の契約を会社との間に締結し、同時に豊橋支部はその当時迄の支払経費中に会社本社にて負担すべきものが含まれているので後日これを整理して本社負担の金額は右支部債務額の中から控除する旨の契約も右両者の間において締結せられていたのである。

ところが、農林省木炭事務所は会社に対し前記債権を有するに拘らず、会社は資産を持たないので、これが支払を確保するため、昭和二十五年十月五日名古屋法務局において原告個人との間に豊橋支部の会社に対する債務の全額たる金二百七十一万千三百三十九円につき会社の同木炭事務所に対する債務額の一部として原告が連帯保証の責に任ずる旨の契約をした。これと同時に同場所において原告は同じく個人として国との間に裁判上の和解を行う旨及びその和解の条項を名古屋法務局長と話合い、併せて訴外田中政忠に対し原告代理人として国との間に裁判上の和解を行うべきことを和解の条項を特定して委任し、これに代理権限を附与し、且つ右裁判上の和解の管轄を名古屋簡易裁判所とする旨国との間に合意し、名古屋簡易裁判所に対する訴訟代理許可の申請書を作成し田中に提出を依頼したものである。

その後、原告は名古屋法務局長と話合つた和解の条項に不満を持ち、何等かの変更を希望し、田中にこの旨を表明していた事実が認められるが、これを以て、原告が田中に対する前述裁判上の和解事務の委任を解除し、ために如上の代理権が消滅したと認めるには充分でなく、他にかく認定するに足る証拠はない。のみならず代理権の消滅はこれを本人又は代理人から相手方及び名古屋簡易裁判所に対し通知しなければその効力がないにかかわらずこれを行つたとの主張も証拠もないから右認定の事実によつて田中の代理権が消滅したと認めることができない。

しかして田中は原告の其後の意向を確認することなく、昭和二十六年二月二十六日名古屋簡易裁判所において原告代理人として被告との間に和解をなし、本件和解調書作成に至つたものであることが認められ、以上の認定に反する証人田中、同太田の各証言の部分及び原告本人尋問の結果の部分は前掲証拠に対比して措信することができない。

しかしながら、原告が名古屋法務局長と話合つた和解の条項及び田中に対し代理を委任した内容たる和解の条項並に本件和解調書の和解条項はいずれも同一内容のものであるが、その第五項において原告が同和解の条項の分割支払方法により昭和二十六年三月十五日までに金二十万円を支払つたときは被告は残債権金二百五十一万千三百三十九円の内金百十七万円及び第一項記載の遅延損害金の支払義務を確定的に免除し、且つ更にその残額についても別途協定する旨約してあり、この別途協定とは更に支払の免除をなすべき意味であつてその免除を受くべき金額は相当多額に上るものであることが前掲各証拠により推認せられる。そして右和解の条項の第二項には原告は被告に対し昭和二十五年十一月三十日金四万円、同年十二月三十一日金四万円、昭和二十六年一月三十一日金四万円、同年二月二十八日金四万円、同年三月十五日金四万円、同年三月三十一日金二百五十一万千三百三十九円の支払をなすべきことを約し同第四項において、右分割払を一回でも怠つたときは分割支払の利益を失い残額及び同第一項記載の遅延損害金を一時に支払うべき旨の制裁約定がなされている。

ところが、本件和解調書は前述の如く、昭和二十六年二月二十六日に作成されたものであつて、巳に右和解の条項第二項による分割支払の期日を三回経過しているのに、原告は同日までに何等履行していないのであるから、原告は支払を遅怠したこととなりこれがため、本件和解は成立の初めから右和解の条項第四項の制裁規約の効果の発生した和解であつて、同第五項による債務免除を受ける可能性のない単純にして巨大な債務の全額負担の契約となり、明かに原告の田中に対する委任の本旨に反すをものと認めねばならない。しかしてこの事実は相手方たる国にも裁判所にも客観的に容易に確知し得る事実であるから、本件和解調書は田中の無権代理行為により作成されたものであることが認められ右認定に反する証拠はない。

次に被告の抗弁事実は当事者間に争がないので、これが追認として法律上の効果を有するかどうかにつき按ずるに裁判上の和解における無権代理行為の追認は、その和解が訴訟行為たる面において裁判所に対する意思表示によつてこれをなすべきであるが、被告は原告が被告に対して追認をしたことの主張があるのみで、原告が名古屋簡易裁判所に対し追認したことの主張がない。のみならず、無権代理行為の追認は同じ追認という用語でも取消し得べき行為の追認とはその法律上の性質並びに効力を異にしているので、取消し得べき行為の追認に関する民法第百二十五条の規定を直ちに無権代理行為の追認に準用することはできないから抗弁事実(イ)によつて追認がなされたと認めることはできない。又前示乙第八号証及び証人加納仁三郎の証言並に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は本件和解調書が作成された後相手方に対し和解の条項の不当であることを主張していたことが認められるので抗弁事実(ロ)を以て原告が被告に対し無権代理行為を肯認する意図を表示したものと認めることもできない。従つて抗弁事実(イ)(ロ)を以て田中の代理行為の追認があつたとする被告の抗弁は理由がない。

してみれば、本件和解調書は、無権代理行為による無効の和解により作成されたものであつて、本件和解調書に基く執行力は排除せられるべきである。

よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、強制執行停止並びにその仮執行の宣言につき同法第五百六十条、第五百四十八条第一項第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福間昌作)

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